感覚を研ぎ澄ます

yasutti2008-04-10

ここにきて
感覚って大事と悟る。
言葉の通じない国(言いたいことは通じる)では
この感覚は生きていく上で大事。
なぜなら私たちは人を選ばねばならない。
犯罪者も精神病患者も善人も悪人も
いっしょくたに生活しているのだから。

今日は日本人のクラスメイト2名とランチ。
日本人だからと言って
クラスではもちろん英語だし
他のクラスメイトともしゃべるので
個人的なことを話すのは初めて。

でも、
「あなたのような自由な人は・・・」
と言うから
「どの辺が自由なんでしょうか???」
と聞きただす。
だって授業だけでそこまでわかるなんて。
大体私は自分ではかなり我慢している。
もし本気で自由に暮らしたら
家になんか帰ってくるもんか。
Missingとかになりそうな自分が怖い。
昔から放浪癖があるので。
だけどそれを我慢しているのだ。
でも日本人からすると
主婦が夜パブに行くという行動は
自由人のそれらしい。
なんて時代錯誤。
でも事実かも。
でもするどい洞察力ありがとうよ。
ここにも百戦錬磨の戦士ありき。
主婦たるもののあり方をさんざん説教を受け
こちらも真摯に聞き入る。
人生の先輩の押し付けがましくない説教は
大好き。
だって納得できる。
時々説教をしても人を納得させられない人がいる。
その理由がおかしいからだ。
そういう人の話は
聞こうとしても右から左に抜けていくけど
今回は忘れない。
肝に命じとこう。
私からすればその人こそ自由人。
外国人の彼氏をぶっちしたくらいのつわもの。
イタリア人と日本人は似ていると言ってのけるつわもの。
すごーい。
アカデミックな彼女を見習わねば。
大抵の人がそうであるように
もちろん人には本質を語れても
実行できてる人は少ないのだけどね。
もちろん彼女も人間で
わかっていてもできないことがある。
それでも尚魅力的な彼女。
そういう人になりたいなぁ。
私はわかっていることは
そのまま実行してしまうので
そんなに多くの本質を得られない。
すべて得てしまったら
がんじがらめでたぶん死んでしまうからかな。
でも一生のうちに少しづつ習得していって
苦労無くそれが実行できるように習慣づけば
更に多くの本質を得られるかなと期待。
生涯かけて習得するよ。
こちらではカソリックの人多いけど
それを教えてくれる人が神様。
でもよくよく聞いてみると
みんな神になんて祈らない。
『him(彼)』という代名詞で呼んで
神でもない先祖でもない誰かを創造し
それに対して祈っている。
そしてそれはもちろん自分自身でもある。
つまり神と思われるものは自分自身。
自分が間違っていると
神も間違え
自分が合っていると
神も正しい。
宗教ってそんなものなのだな。
私には必要ないなぁ。
貧しくもなく、
不幸でもなく、
確信している人間に
果たして神なんて必要だろうか?
答えはNOだよね。
でもたまにはみんなの指針にはなるね。
なんかヨーロピアンの宗教センスって面白い。
誰も神を信じてないのに
別の存在を信じている。
そして先生によると
神とは神(有形)ではなく
目に見えないエネルギーのことだと言う。
私見誤っていたな。
みんな神様(誰か)を信じていると思っていた。
そのイメージから離れなさいと言われた。

うーん。
自分の勘を信じ
運命を信じないので
やっぱ私には神は想像できないわ(笑
クラスにも無神論者がたくさんいるので
その人たちが発言する時
「気をつけて。この国はカソリックが多いから
神を否定すると信者たちの気が狂っているということを示唆するよ」
と先生は笑いながら教えてくれる。
でも彼らを問い詰めると
その大半は神とも何ともわからないエネルギーを
信じているということなのだ。
今まで誰一人として
神はいる!
と言った人がいないことに驚く。
それでも信じられるその勇気が私には無いなぁ。
私はちょっと現実的かな。